一般的にはモテないけど理想的な人、というのがあると思う。世間から見たら清兵衛は不気味なたそがれ男だし、ともえは小生意気な出戻り女で、つきあいたいタイプではない。でもその人の家にあがりこんで、事情を親身になって聞いてみれば、その人がこの世に唯一無二の存在のように思えてくる。本当はだれもがそんな人であるはずなんだけど、気づく機会がなかなかない。この世でたった一人がその人のよさに気づくことができたらいいんだけど。山田洋次のいいところは、庶民のなんでもない家にあがりこんで、その事情を親身に親身に描いていけることにあると思う。人の愚痴を聞くのがきらいな人は、山田洋次もきらいだと思う。なんかそんな気がする。全米が泣いたりカップルが号泣したりはしないけど、なんか心がしっとりして適度な湿気が数日間は続く佳作。関係ないけど観ている最中なぜかやたらと「雨あがる」を思い出していた。雨あがるも、山田洋次が監督すればもっとおもしろかったんじゃないかなあ。
定年退職したサラリーマンの理想や思い込みが少しずつ不本意に剥ぎ取られていく映画。山田洋次監督を彷彿とさせる執拗な何でもなさが素晴らしい。美しい人やおしゃれなものはまったく出てこないし、旅の景色は特別美しいわけでもなく、ジーニーのウエディングドレス姿はやぼったい。でもこれが庶民だ。他人に理想を押し付けてはいけない、そのかわり自分も完璧じゃないことを許されている。人は許し合うことでなんとか生きている、許すというのはあきらめるということでもあるけど、あきらめることで手に入るもののほうが実は多いのかもしれない。自分一人が思いつくことには限界があるから、他人には逆らわないで流されてみるべきと思う(と思いつつやっぱりけっこう選んでいる)私には、感じるところが大層多い作品だった。